とと姉ちゃん|乳バンド(ブラジャー)のエピソードは事実?モデルは?
朝ドラ『とと姉ちゃん』では、花山伊佐次が常子たちの雑誌
「スタアの装ひ」の編集長に就任しました。
ここからが天才編集者と呼ばれる花山の腕の見せ所ですが、
ダメ出しをするとともに常子たちに企画を考えさせました。
そして常子が考え出したアイデアは、乳バンド(ブラジャー)
の作り方。
当時の女性たちがブラジャーなどの洋服用の下着を持っていないことに
着想したアイデアでした。
その結果、「スタアの装ひ」の第2号は、常子たちの予想を遥かに超える
売れ行きとなりましたが、これらのエピソードは事実なのでしょうか?
そうだとすればモデルとなったエピソードはあるのでしょうか?
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乳バンド(ブラジャー)のエピソードは事実? モデルは?
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ドラマの乳バンド(ブラジャー)のエピソードですが、実は大橋鎭子の
「暮しの手帖」の創刊号にあった
「ブラジア(ブラジャー)パッドの作り方」をモデルにした
事実に基づいたものです。
ブラジャー自体は大正時代に日本に入ってきて、
大正末期に普及していきましたが、当時の呼称は「乳バンド」や「乳ベルト」。
さすがブラジャーでは庶民がピンとこなかったことから、
このような呼び方になったようですし、当時はこの呼び方で広告まで出ています。
しかし終戦直後の時代まで乳バンドは売られていたものの、
パッドだけはまだ売られていませんでした。
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そこに着目した「暮しの手帖」では、針金と布を使った
手製のブラジャーパッドの作り方を紹介したのです。
同誌のすべての企画には花山伊佐次のモデルの花森安治が関わっていたことから、
ドラマのエピソードは史実に沿ったものと言えるでしょう。
さすがにその頃は「乳バンド」という呼称ではなく「ブラジア」となっていますが、
これも女性のファッションに造形が深かった花森の影響かと思われます。
ただしドラマの「スタアの装ひ」の第2号の発売は昭和21年(1946年)ですが、
「暮しの手帖」(当時は美しい暮しの手帖)の創刊号は昭和23年(1948年)に
発売されましたので、2年ほどのタイムラグがあります。
なおブラジャーパッドですが、昭和24年の夏に和江商事から「ブラパッド」という
商品名で売り出され大ヒット商品となっています。
このことからすればいかに「暮しの手帖」や花森安治が時代を先読みしていた
ことがわかりますね。
ちなみに前記の和江商事とは現在の大手女性下着メーカーのワコールです。
和江商事はブラパッドやブラジャー自体が大当たりしたことで、
ワコールに成長したことが知られています。
話しは少々脱線しましたが、ドラマでは花山伊佐次はいきなり噂通りの
有能ぶりを発揮して、「スタアの装ひ」の第2号をヒットさせました。
今後は常子らと総合生活誌「あなたの暮し」に関わっていくのですが、
その手腕も楽しみですね!
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