あさが来た|今井あさの姉はつのモデルやその後の運命は?
NHK朝ドラ『あさが来た』では、あさとはつの今井家の姉妹が
生き生きと描かれていますね♪
おてんばではねっかえりの妹あさとは対照的に、
姉のはつはお淑やかでつつましく琴や裁縫が得意。
そんな性格が真逆のふたりでも、どちらもお互いを思いやりの良い姉妹です。
以前の記事でも書きましたが、このドラマのヒロイン・あさのモデルは広岡浅子。
明治から大正期に活躍した女性実業家の先駆けで、現在の大同生命や
日本女子大学の設立に尽力した人物です。
ではその姉のはつのモデルは誰だったのでしょうか?
その後の運命と併せてご紹介していきます。
コンテンツ
今井はつのモデルは? その後の運命はどうなったの?
(三井家が経営していた三井越後屋呉服店)
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今井はつのモデルとなったのは、三井春です。
ドラマの今井家のモデルとなった小石川三井家の娘で、
広岡浅子の姉にあたる人物です。
姉といっても広岡浅子と春は異母姉妹。浅子の母・貞が三井家の当主・高益
(ドラマでは升毅さん演じる忠興にあたる人物)の後妻であったのに対し、
春は高益の正室が亡くなった後に、女中との間にできた子。
母親も春の産んだ直後に亡くなってしまいます。
ですが高益は、女中の子である春と後妻の子である浅子を実の姉妹のように育てたようです。
春は三井家のしきたりに従って、大阪一の両替商・天王寺屋(ドラマの山王寺屋のモデル)
に嫁ぎますが、明治維新の動乱で天王寺屋は破産して没落してしまいます。
その後の春の運命は?
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嫁ぎ先の天王寺屋が没落して、家系も明治の半ばで途絶えてしまったことから、
三井春に関しましてはほとんど資料が残っていません。
そのため朝ドラ『あさが来た』で描かれるはつに関するエピソードも、
かなりの脚色がほどこされていると思われます。
ドラマではあさもはつも名門・今井家(史実は三井家)の娘にも関わらず、
その後は対照的な人生を歩むことになります。
ですが嫁ぎ先が没落して経済的に苦境に立たされるはつですが、
ドラマはそんなはつを深刻に描かないようです。
むしろそんな状況に追い込まれながらも、
前向きに運命と立ち向かうはつの姿が描かれるようです。
やはり山王寺屋の一家のその後や逆境に立たされるはつの姿も
このドラマの大きなポイントでしょうから、はつの奮闘にも注目です。
またそれにより惣兵衛や菊ら山王寺屋の一家にも次第に変化が生じ、
人間的にも成長していくはずと思います。
両替商としては没落していく山王寺屋ですが、そんな中でも人として
どのように生きていくのか、どのように変わっていくのかということは
ドラマの大きな見どころのひとつではないでしょうか?
※追記
山王寺屋の没落の後、大阪郊外の農村で細々と暮らしていたはつの一家は、
今井家の好意により、和歌山へ旅立ちます。
和歌山ではミカンや梅の栽培を生業にするようです。
またドラマでも和歌山へ向かったずっと後に
はつはあさと大阪で再会するようですね。
当初は早逝も予想されたはつですが、ドラマの終盤まで登場します♪
あさとは違いお淑やかなはつですが、ここという場面では根性のあるところ見せてくれます!
やはり朝ドラはこうでなければダメですよね~
あさとはつの今井家のふたりの姉妹が奮闘する姿が楽しみですね♪
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