べっぴんさん|アイビールックって何?当時爆発的に流行
朝ドラ『べっぴんさん』では、姿を消したはずの栄輔が再登場しました。
しかも以前の姿とは大きく異なって、当時大流行だったアイビールック
といういで立ちです。
さらにはエイス(AIS)というブランドを立ち上げて、アイビールックの
提唱者にもなっているようです。
ところでこの昭和30年代に爆発的に流行したアイビールックというのは、
どのようなものだったのでしょう。
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アイビールックって何?当時爆発的に流行
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そもそもアイビールックという言葉は、アメリカ東海岸の名門私立大
グループの「アイビーリーグ」が由来です。
アイビーリーグはハーバード大学やエール大学、プリンストン大学、
コロンビア大学などで構成され、その上品でスマートな着こなしから
このような名前で呼ばれました。
その特徴は三つボタンのブレザーやボタンダウンシャツ、細身のコットンパンツ、
コイン・ローファーなど。
これを日本で広めたのが、ドラマの栄輔のモデルであるヴァンジャケット
社長の石津謙介です。
石津は昭和26年(1951年)に佐々木営業部から独立して立ち上げた石津商店を、
昭和29年(1954年)にヴァンジャケットに改組したあたりからアイビールック系の
商品を次々に発売します。
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同時に「男の服飾」(後のメンズクラブ)という雑誌を創刊し、アイビールックを
世間に売り込みました。
そして若者に人気のあった雑誌「平凡パンチ」がこれを取り上げると、
一大ブームとなります。
当時の日本でアイビールックを扱っていたブランドは、石津の「VAN」のほか、
「JUN」や「Jプレス」も大人気となります。
海外のブランドでも「ラルフローレン」や「ブルックスブラザーズ」なども
アイビーを扱っていたので人気となります。
その中でも「VAN」は愛好者にとっては神様的なブランドで、
昭和39年(1964年)に本社が大阪から青山に移転すると、周辺には
VANの関連施設もできたため愛好家や若者たちが押し掛けて、
青山は「VANの街」とも呼ばれました。
アイビールックのブームは比較的長く続きますが、1970年代中盤から
後半にかけて下火になっていきます。
そんな中、石津のヴァンジャケットも拡大路線が祟って昭和53年(1978年)に
500億円もの負債を抱えて倒産してしまいます。
アイビーの象徴的なブランドだった「VAN」の倒産は、ブームの下火にも
拍車をかけていきました。
とは言え、現在でも時代に流されないトラディショナルなスタイルとして
広く紹介されていますし、それを紹介した石津の功績は称えられています。
このような時代背景がありますが、ドラマではどうやら栄輔はアイビールックの
勢いを駆って潔のオライオンに勝負を挑みそうですね。
まさに師弟対決の様相を呈していますが、どのようになってしまうか
目が離せません!
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