あさが来た|妊娠したはつの子供はどうなるの?史実は?
朝ドラ『あさが来た』では、はつ(宮崎あおい)が待望の
子宝を授かることになります。
山王寺屋に嫁に来てからなかなか子供が授からずに、姑の菊(萬田久子)からも
たびたび嫌味を言われてきたはつでしたから、喜びもひとしおでしょうね♪
しかし、好事魔多し…
はつの妊娠が判明したその晩に、はつの夫の惣兵衛(柄本佑)が
突然失踪してしまいます。
一家の大黒柱が行方不明の中、はつのお腹の子供は育っていきますが、
どうなってしまうのでしょうか?
はつは無事に子供を産むことができるのでしょうか?
史実との違いなども含めてご紹介していきます。
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はつの子供はどうなるの? 無事産むことができるの?
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結論から言いますと、はつは無事に子供を産むことができます。
子供は男の子で、藍之助と名付けられます。
しかし無事と言っても、けっこう大変でした。実ははつが藍之助を産んだのは、
現在の住居の農家の納屋ではなく、あさ(波瑠)の嫁ぎ先の加野屋だったのです!
身重のはつでしたが、ふゆ(清原果耶)を加野屋に雇ってもらおうと
あさにお願いしに行った際に産気づいてしまいます。
はつは加野屋の迷惑になることを嫌い家に戻ろうとしますが、
そうもいっていられる状況ではありませんでした。
うめやかのらの加野屋の女中たちの働きもあって、
はつは無事に赤ちゃんを産むことができました。
そればかりではなく、体力が回復するまでは加野屋で数日間世話になりました。
やはり加野屋の面々は暖かいですね~正吉(近藤正臣)やよの(風吹ジュン)は
自分たちの孫のように喜んでくれましたし♪
一方のあさは未だに新次郎(玉木宏)の子供ができないことから、
ちょっぴり複雑な気持ちになります。
とは言っても、仲の良い今井家の姉妹ですから、あさもはつの出産を
心から祝福することになります。
史実のはつはどうだったの?
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はつのモデルとなった三井春はふたりの子供を産みますが、
ドラマのタイミングではありません。
春は天王寺屋(山王寺屋のモデル)に嫁に入ると、
すぐにふたりの子供を出産します。
なので、ドラマのように子宝に恵まれなくて悩むなどということもありませんし、
山王寺屋が没落して極貧の中の出産ということもありませんでした。
また朝ドラ『あさが来た』ではつが藍之助を出産するのは1870年(明治3年)
のことですが、史実の春は1872年(明治5年)に27歳の若さで亡くなっています。
(春も眠る天王寺屋の墓:大阪の久本寺)
そして天王寺屋の家系も明治の半ばに途絶えたというのが定説ですから、
春の子供たちもそれほど長生きしなかったようです。
しかしここにきて、山王寺屋の家系が現存しているという報道もありました。
この件は情報が少なくてはっきりしたことは調査中ですが、
もしかしたら春の子供たちは長生きしたのかもしれません。
このあたりははっきりしたことが分かり次第、ご紹介させていただきますね。
いずれにせよはつは無事に長男の藍之助を出産しますが、
まだまだ厳しい生活は続きます。
とは言っても山王寺屋の一家に降りかかる困難は決して
悪いことばかりではないように思います。
と言いますのは、これらの困難を乗り越えていく過程で強い絆も
生まれるように思われます。
ご存知のように両替商を営んでいたころの山王寺屋の一家は、
栄達を差し置いて、家付き娘の菊が仕切っていました。
また惣兵衛も菊の顔色を窺うばかりで、自分の意見を飲み込んでいましたし、
何よりかつての明るさを失っていました。
ですがこのような状況に陥って、ようやく惣兵衛も当主らしくなってきましたね。
過酷な運命に立ち向かうはつや山王寺屋の人びとの今後を、
暖かく見守りたいですね。
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