とと姉ちゃん|OuiOuiのモデルは婦人誌を危機的状況にしたあの雑誌!
朝ドラ『とと姉ちゃん』では、舞台は一気に昭和48年(1973年)に
移ります。
あなたの暮し出版では女性社員も増えて7割を超すことになり、
さらに戦争を知らない戦後生まれの社員も続々と入社しているようです。
そんな中、若い女性社員たちが手にしていた雑誌はこの頃注目されていた
「Oui Oui」というファッション誌です。
同誌はきらびやかなグラビアが誌面を飾り、明らかに「あなたの暮し」とは
一線を画しているような雑誌ですね。
しかしこの「Oui Oui」のモデルとなった雑誌こそ、
「暮しの手帖」や当時の婦人誌を危機的な状況に陥れることになる
あの雑誌だったのです!
コンテンツ
OuiOuiのモデルは婦人誌を危機的状況にしたあの雑誌!
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「Oui Oui」のモデルは現在も人気雑誌として知られる
「an・an」です。
(創刊号)
同誌は昭和45年(1970年)に創刊された女性向け週刊誌で、
当時絶大な発行部数を誇っていた「主婦の友」や「主婦と生活」などの
婦人誌や「暮しの手帖」とはまったくスタンスを異にするものでした。
ドラマでも描かれましたが、当時の婦人誌は洋服や小物などは
「自分で作る」ものとしており、その製作方法の紹介などがメイン。
しかしこの「an・an」やその1年半後に創刊された「non-no」は、
商品は「買うもの」というスタンスで、数多くの商品とブランド名や特徴、
価格などを掲載し、雑誌にカタログ的な要素を取り入れていきます。
※これは「non-no」がはじめにおこない「an・an」も追随
またターゲットを広く「婦人」ではなく若い女性に定めて、
若いファッションモデルを多数起用しました。
さらには星占いを掲載したり、婦人誌が敬遠しがちなSEXについての
記事を掲載したりもしました。
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創刊当初はあまりに前衛的すぎてなかなか売れませんでしたが、
後に絶大な支持を受けるようになって「アン・ノン族」という
流行語も登場します。
また現在ではどの雑誌でもおこなわれている旅行特集もこの
「an・an」や「non-no」が先駆けで、「an・an」に関しては
当時の国鉄とタイアップした特集が好評となり、
女性の旅行ブームを巻き起こします。
そしてピーク時には「an・an」が60万部、「non-no」が
100万部を記録し、さらに同じような形式の雑誌も
次々と登場することになります。
それによって危機的な状況に追い込まれたのが、
従来の婦人誌でした。
もはや読者たちは「婦人」というあまりに大きな括りでは満足しなくなり、
1980年代に入ると軒並み発行部数を大きく減らすことになります。
そして戦後四大婦人誌のうち、「婦人生活」が昭和61年に、
「婦人倶楽部」が同63年に休刊に追い込まれ、「主婦と生活」も平成5年、
「主婦の友」も平成20年に休刊となります。
ピーク時の1970年代には90万部を超える発行部数を誇った
「暮しの手帖」も例外ではなく、1980年代には大きく部数を減らす
ことになります。
とは言え、同誌も長年の良質な記事から根強いファンも少なくないことや
平成19年(2007年)に編集長に就任した松浦弥太郎氏(現在は退職)のもと、
若年層を読者に取り込むことに成功し、現在も頑張っています。
ドラマでは軽く紹介された程度の「Oui Oui」ですが、
実はその後は「あなたの暮し」の大きな脅威となっていくのでした。
ただしドラマは昭和49年が最後なので、そのあたりは描かれません。
それにしても「Oui Oui」の名前はどこから来たのでしょうか?
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